Life in Bloom

カナダ在住。韓国美容法や民間療法、漢方、東洋医学的な考え方が好きで実践中。韓国ネタやカナダでの生活をメインにした雑記を書いています。

加齢につき

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 日本を離れて早数年、すっかり日本の事情に疎くなってしまった。

今の時代、地球の裏側にいたって何でも情報が手に入るというのに、芸能界、歌、服装だけでなく、今風なメイクも髪型だって全くわからない。

去年のGUやユニクロの服を着て出歩くのは当然のことだが、最近ではそれも面倒くさくなってきて、ほぼヨガウェア一択で生活をしている。

ヨガウェアの機能的なことが気に入っているのはもちろんのこと、カナダではヨガウェアはオシャレ着になることも兼ね備える(と、私は思っている)。

こうして海外生活が長くなるにつれて・・・というのは言い訳で、一般的にはそれを『加齢』と言うんじゃないかと考えると、妙に腑に落ちた。

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 日本の歌で新曲と言えば、私の中で芸人似のお姉ちゃんが歌っている励ましソングで終わっている。

良いことばかりじゃないからさ~♪痛くて泣きたいときもある~♪

可愛らしい声をしていて、健気で等身大の自分像を歌う彼女の歌声にとても励まされる。テレビ番組の企画か何かでやっているのだろうと思い込んでいたが、どうも全くの別人。

近頃では、人の顔の区別もつかなくなってきているようで、30代でこれでは40代に入ることが今から末恐ろしい。

 

 米津玄師の柑橘系の曲が流行だ(流行った)というニュースをネットで見かけて、琵琶法師の琵琶語りかなんかかねぇ?と思った私は、30代を通り越して、もはや人生終盤のような感覚を持ち合わせているようだ。

なんとなくメロディーは覚えたが、頭の中で歌っているのは琵琶を片手にした虚無僧。

虚無僧が念仏を唱えているような姿しか想像がつかない。

メロディーだけを覚えているので、歌詞は自動的に『南無阿弥陀仏』系へと変換される。

やはり米津玄師の玄師という部分が想像を掻き立たせ、頭の中に虚無僧を映し出しているのだろう。

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 そんな状態なので、日本に住んでいる友人とLINE電話をしていてもチンプンカンプンである。

若者言葉を使わない友人で、こちらは彼女の言っていることはわかるが、彼女が私の言葉に困っている。

ルー小柴を名乗ろうかと思い始めてからはや半年、そろそろ認定を頂いても良いのではないかというほど日本語がおかしくなっているようだ。

それもそのはず、普段周りにきちんとした日本語を話す人がいない。

 

 私の趣味の1つに、昔の大河ドラマを観るということが挙げられるが、古語がいまいちわからない場合、辞書で英語を調べるということをする。これは、日本語だと調べた先に書かれている意味がいまいちまだ難解でわかりずらいということがよくあるからだ。どんな難しい言葉も英語で意味を調べると、大抵シンプルで単純な言葉が出てくるのがありがたい。

この方法では日本語の奥ゆかしさは味わえないが、いちいち調べていたら場面が転換してしまうので、いつからか意味を追うことを諦めてしまった。

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と、こんな生活が良くないのだろう。

 

 友人に何かのエピソードトークをしようとしても、しっくりくる日本語がとっさに出てこない。

格好をつけているわけでもなく、英語の知識をひけらしたいわけでもなく、単純に語彙不足により、日本語とも英語ともとれないような変な単語を並べてしまう。

彼女には申し訳ないが、約1時間半の電話の間にそんなようなことを7,8回は繰り返した。

優しい彼女は根気よく言葉の連想ゲームを楽しんでくれていたが、どう考えてもルー大柴が乗り移ったルー・トランス状態だった。

 笑いを取ろうとしているわけでもないのに、そのうち『俺とトゥギャザーしようぜ』なんて、ナチュラルに言ってしまいそうだから怖い。

バイリンガルになるというのはつくづく途方も無い話だと思う。

 

 ところで、このブログは自分よりやや下の世代の人がよく読んでくれているようだが、20代の女子たちがルー大柴を果たして知っているのだろうかと、ふと気になった。

ルー氏の話を今でもネタにできるのは、最低でも30代には入っていないと厳しいんじゃないか。

そもそもルー氏が今も芸能界で活躍しているのかもわからないが、かといって、いきなり友人に『ねぇ、最近ルー大柴ってテレビに出てる?』と何の脈絡もなく聞くこともはばかられる。

一時の恥をためらう私は、一生の恥を背負って歩むほかないのであるが、「嗚呼、これもまた加齢かねぇ~」なんて年のせいにしている。

ぼんやりとそんなどうしようもことを考えながらビールを飲み、炙ったカワハギをつまむのが旨い今日この頃。

そして、気分が乗ればたまにブログを書く。それだけのことであるが、これが意外と幸せな時間なんじゃないかと認識するようになってきたのだから、そこまで加齢も悪くはないのかもしれない。

どうにかしないと・・!と、必死になってアンチエイジングを画策しようとは全く思わせないのがカナダ生活の良いところである。

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