Life in Bloom

英語赤点組だった私がカナダで永住権を取得(PNP)。Life in Bloom(人生真っ盛り)という意識で生活するカナダ生活と在住歴のある韓国話をお届けします。

大阪北部地震に見舞われる@26階

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大阪で起きた地震の被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。

余震がないこと、また、これ以上被害が広がらないことを祈っています。

一日も早く、平穏な日々を取り戻せますように。

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今回のブログは、大阪滞在最終日に体験した地震についてです。

書くまいか迷ったのですが、今後の何かの参考になるかもしれないと思ったので書くことにしました。よって、今回面白いようなことは何一つ書かれていません。また、正直な気持ちが書かれているので、少々不謹慎と捉えられかねない心情の描写も記載されています。私の文章を不快に感じる方もいらっしゃるかもしれません。その点をご理解いただける方のみ、読んで下さいますと幸いです。(約3400字)

 

大阪北部地震に見舞われる

カナダに戻る日の朝、私は大阪の某ホテル26階にいた。

遮光カーテンで締めていたので部屋の中は暗く、まだベッドの中で浅めの眠りについていた。

 

ガンッ!

 

突然下から突き上げるような衝撃を食らった後、部屋が大きく揺れていることに気づいた。

 

夫を起こして、出口を確保

夫を急いで起こし、ここで人生を終えるのかもしれないと思いながら、客室の入口ドアを開けて避難口を確保した。

人生初の地震を体験した夫は、腰が抜けているのか、静かに小さくなっていた。

確かに外国人にこれはキツイ。

私にとっても、震度4以上の揺れは初めてだ。

自分がしっかりしないと・・!

 

揺れる、揺れる 

浴槽に水を貯めるか否か悩んでいる間にも、ホテルは大きく揺れ続けていた。

 

ぐわぁーーん、ぐわぁぁーーーん・・

 

不謹慎だと怒られてしまうかもしれないが、まるで漫画の1コマのように

上層部は大きな振り幅をもって激しく揺れていた。

 

揺れがおさまったあとも揺れ続ける 

大方の揺れがおさまったと見えても、部屋の中はまだ小さく揺れ続けている。

この振動に酔ったのか気分が悪くなった。

よりによって26階ステイの日に限って大地震を体験するとは何の因果か。

 

テレビで緊急速報 

揺れが完全におさまったと感じてから、テレビをつけることにした。

夫はまだ動けない。

無理もない。人生初の地震体験が大地震だとは、トラウマ級に記憶に残るレベルだろう。或いは、同じように酔いと恐怖で固まっているのかもしれない。

 

すでに地震発生から3,4分は経っていた。テレビは予定を変更して、大阪北部を震源地とした大きな地震について一斉に報道していた。

最大で震度6弱。

友達が高槻等北部圏にいるので気になる。しかし、正直に告白すると、自分のことで精一杯だった。カナダへ戻る日だということもあるけれど。

泊まっていたところは、位置的に震度5強あたりだろうか。それにしても、大きく長く揺れた。

 

地震時の不思議な感情

高層階ということもあり、ここで人生を終えるかもしれないと、激しく上下に揺れる部屋の中で一瞬考えた。

不思議なことに、残念だとか、怖いとか、死にたくないという気持ちは一切起こらず、彼と一緒に人生を終えられるのならばそれも良いかという感情が沸き起こってきた。

結果、命拾いできて天に感謝したことを思うと、生への執着はやはりある。

しかし、それこそ人生は一度きりだということを身をもって体感したこともあり、今後は悔いのないような人生を送ろうと強く心に誓った。

 

静まり返る客室フロア 

話は戻って、エレベーターはこういう時には使ってはいけないのが定説。

しかし、周りの部屋からは叫び声も話し声でさえも何も聞こえなかった。

階段で降りていこうにも、状況がわからないので混乱する。

なぜだか館内放送もかからないので、どうして良いのかわからない。

シーーン・・・と静まり返るフロアはとても奇妙だった。

 

こんな時にも働く人々

しばらくすると、窓から見える外の人たちが仕事を開始した。

ったく、こんな有事の時にも、日本人は仕事をするのか!

 

予定変更

ところで、防災訓練みたいなものを受けたことのない夫は、まるでアテにならなかった。

最悪今日飛行機が飛ばないことを考えて、とりあえずコンビニに食材や水を買いに行こうかと提案するも、パッとしない様子。

コンビニから食料が消えるということさえ、全く想像もつかないようだった。

他に、最初の予定では、最終日に買い忘れたものを買ってから空港へ向かうはずだったのだけど、そんな予定は当然全てキャンセル。

「買い忘れたものを今からパッと買いに行こうか」とのんびり発言をする夫に、「それどころじゃないでしょ!」と思わず強い口調で叱ってしまった。

夫の口に、彼の好きな蒸しパンをねじ込んでから、すぐに荷物整理をはじめることにした。

 

余震がいつ起こるかもしれない。

26階にいる以上、避難が遅れたら取り返しのつかないことになるかもしれない。

そう考えたら、食材を確保してから戻ってくるよりも、いっそ今から出るほうが良いだろうと思った。

 

電車もバスもタクシーもダメ 

荷物整理を終え、チェックアウトする。

その間ホテルのコンシェルジュに聞くと、中央線となんとか線が地震の影響で止まっていて、空港行きのシャトルバスも運休中止になっているということだった。

また、タクシーを呼んでもらうように一応お願いしてみるも、やはりこの混乱の最中では一台も捕まえられなかった。

 

迂回ルートをいくつか考えてから出発 

仕方ないので、スーツケースをひっぱりながら歩き続け、動いている区間バスを利用しながら、南方の電車と空港線を走る電車を乗り継ぐというルートで、関西国際空港を目指すことにした。つながっていないところは歩くか、運がよかったらタクシーをつかまえられるかもしれない。文句なんか言ってられない。今動かなければ、飛行機に間に合えないかもしれない。

ネット回線が混み合っていて、飛行機の発着情報はこの時には見れなくなっていたけれど、とにかく空港を目指すことにしてホテルを後にした。

 

色んな方にお世話になりました

道中、沢山の方に非常にお世話になった。

こんな時にパチンコ屋さんに行っている人がいるのには驚いたけれど、こんな時だからこそ、心を落ち着けるために敢えて日常っぽい行動を選んだのかもしれないとも思った。

パチンコ屋さんの前で井戸端会議中の6、70代のおねえさんらをはじめ、駅で働いている人、バス停にいた人、それこそ色んな人に助けてもらった。

ホテルの方に、大体の可能性のある経路は聞いてきていたけれど、なんせ土地勘がないことに併せてWifiもないので、人様からのアドバイスだけが頼りだった。

スーツケースをひっぱっていることと、地名を読み間違ったり、話し方が関西口調ではないこともあるからなのか、みなさんに世話を焼いてもらうことができた。

キッカケはネガティブな事件だけど、人の優しさに沢山触れられることになった。

ありがたいと何度も思い感じ、「助かりました。」「ありがとうございました」と心をこめて何度も言った。

 最終的に、某駅から空港行きの急行電車に乗れたときには、胸の奥にグッとくるものがあった。

 

無事に空港到着

そして、無事に空港に到着。

午前中のフライトは大幅に遅延したりキャンセルになっていたようだけど、夕方便だったこともあり予定通り飛ぶことができた。

空港内は不安げな人々と、動かないシャトルバスに並ぶ列等でごった返していた。

 

当日助けてくれた方々、ありがとうございました

ここで感謝の気持ちを改めて。

地震のあった日、大阪で色々な方に助けていただきました。

みなさんのご厚意により、おかげで空港まで無事に着くことができ、カナダにも予定通りに戻ってくることができました。

当日助けて下さった方がこのブログを読んでくれているとは思いませんが、それでも書かせて下さい。

その節は本当にありがとうございました。助かりました。

 

おわりに 

最後になりましたが、再度この言葉を挨拶と代えさせていただきます。

大阪で起きた地震の被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。

これ以上の被害が広がらないことを祈っています。

一日も早く、平穏な日々を取り戻せますように。

 

次回からは通常のブログに戻る予定です。