LIB - Life in Bloom

カナダと日本と韓国と、たまにオーストラリア。人生真っ盛りという意識で生活したい

カナダの移民向け語学学校は、完全にカオスだった

この町に来てから、1年ほど移民向け語学学校へ通った。税金で賄われているというガバメントファンディングの学校で、新移民は無料という名目で通うことができる。英語だけではなく、カナダの文化や歴史についても学ばせてもらえるありがたい制度だ。しかし、そこで出会ったクラスメートたちは、ほぼ全員がネタになりそうなほど濃い人ばかりだった。

 

 移民と聞くとどんな人を思い浮かべるだろうか。

結婚移民?もしくはスキルなどを持つ自力移民? 

ハイスキルではなくロースキルカテゴリーだけど、自分も自力で移民したこともあって、この2つのカテゴリーでの移民しか想像がつかなかった。

 

ところが、蓋を開けてみると、ビックリ玉手箱。移民向け語学学校なるものは、パンドラボックスだった。「ザ・コスモ」ならぬ「ザ・ケイオス(カオス)」で、完全なる未知との遭遇である。宇宙人の方が話が通じるかも?なんて思ってしまう人も多かった。 

 

学校での生活は、あまりの衝撃の連続に(・∀・)←この顔の表情のまま石像のように固まってしまう日々だった。

モアイ像のイラスト

 

仲良しのビオレッタかリディア(この2人は常識あり)が折角ストロスの杖を振りかざして石化を解いてくれても、その数分後にはまたも新たなる衝撃で石化してしまう。前後左右、どこを見渡してもメデューサだらけの学校だった。

 

例えようが他にないけれど、まるで精神修行のような学生生活だった。

スピリチュアルの世界で言うには、人生は「経験」と「感動」の体験のためにあるのだそうで、その経験値が人生を豊かにするのだそうだ。そして、その体験は自分の魂を成長させるために必要であるからやってくるわけで、気付かぬうちにむしろ自分から望んで呼びよせているものなのだそうである。

 

まさか石化することを自ら望んでいたとは。

 

これには驚きである。

 

確かに、自分では気づかなかったというものだ。

 

酢やベーキングソーダ水をかけられなくて本当に良かった。

 

 

 

話は戻り、移民向け学校に通ってくる移民のほとんどは「難民」で構成されていた。着の身着のままで安息の地を求めてやって来ただとか、大使館に逃げ込んでやって来たなんて生徒はザラで、「Hello」も言えない状態でやってきた人もいたようだ。

ただし、母国語がフランス語(アフリカ系とか)だったり、英語のブラザーだとか言われるスペイン語(南米系)だったり、そうでなくても英語との共通点だらけのペルシア語(中東系)だったりするので、数か月後にはすぐに私の弱い英語力は抜かれていった。

 

次に「準難民ベース」である「亡命予備軍」系のクラスメートが多かった。彼らは、政局不安などにより、一時的非難のような形でカナダにやってきた人だ。

 

そして、やっと残りの少人数が「結婚」などによりやってきた「スポース(配偶者)移民」と「家族移民」であり、さらなる少数派が超金持ちな中国勢による「投資移民」であった。

 

自分のような「自力移民」に至っては、全体の0.1%以下の割合であった。

まぁ、無理もない。スキルがあれば大抵はすでに働いているか、大学か院で学べる英語力があるというものだ。

私の場合は移民になった後、夫の国でしばらくふつふつと過ごしていたため英語が伸びていなかった(というか下がった)ので、3歩進んだ後に2歩下がってしまっての入学だった。

しかも、悲しいことに語彙力の関係で、超えられない圧倒的な高い壁を感じるほどできない方だった。

とにかく、そういうわけで、私のような学生のケースは非常に珍しいらしかった。

 

こんな感じなのが移民向けの語学学校。場所は違えど、カナダ全土どこにあっても似たようなものなんじゃないかと思われる。

 

ちなみに、クラスに日本人がいたことは1度もなく、クラスメートの国籍もアフリカ系だとか、中東系だとか、カリブ海諸国だとか、聞き慣れない国の人が多かった。

 

 

そこで出会った人の中に、特に忘れられない強烈な女性がいる。

 

 …と、彼女の話を書こうと思ったのだけど、夫が帰ってきたので遊んであげないといけない。自家製キムチを使っての豚キムチ炒飯に、同じく自家製マッコリでコリアンナイトをしようと夫がせがむのだ。

本題に入る前にタイムオーバ―してしまい、タイムマネジメントの弱さを思い知る。反省。

 

さて、続きはまた今度。ではでは~